BRITISH SPIRATION : Wrapped in a versatile peacoat
船の上から、都市生活まで。
November 14th,2024
JOURNAL
MY LOVE FOR JOHN SMEDLEY
「JOHN SMEDLEY」を着た日のこと
Essay by 松浦弥太郎(エッセイスト)
February 24th,2022
ジョン スメドレーのニットウエアはいろいろな人のいろいろなライフスタイルに
寄り添います。日常着として着る人も、ちょっと特別なシーンで着る人も。そこには
いろいろな愛着のカタチがあります。愛用者によるエッセイ 「MY LOVE FOR JOHN SMEDLEY」。
第一回はエッセイストの松浦弥太郎さんです。
ジョン スメドレーのニットウエアはいろいろな人のいろいろなライフスタイルに寄り添います。日常着として着る人も、ちょっと特別なシーンで着る人も。そこにはいろいろな愛着のカタチがあります。愛用者によるエッセイ「MY LOVE FOR JOHN SMEDLEY」。第一回はエッセイストの松浦弥太郎さんです。
自分にとっての定番服というか、スタイルの基本というものを見つけたきっかけを思い出してみた。
二十代になったばかりの或る夏、僕はニューヨークの西73丁目の古びたアパートに暮らしていた。そこはピアニストの女性から短期借りしたステューディオ(ワンルーム)で、部屋の真ん中には大きなグランドピアノが置かれていた。
道をはさんだアパートの真向かいには、ヤンキースで大活躍したベーブ・ルースや、オペラ歌手のエンリコ・カルーソーが暮らしていたアンソニアホテルがあった。
アンソニアホテルは1904年に建造された18階建ての高級アパートで、ルネッサンス様式の豪奢なエントランスはまるでお城のようだった。毎朝乗りつけられるクラシカルなロールスロイスを部屋の窓から見るのが楽しみだった。
当時、僕にはメトロポリタン美術館で働く、五歳上の女友だちがいた。彼女の名はエマ。イギリス・レスター地方の出身で、ロンドン大学ゴールドスミスを卒業し、ニューヨークにやってきた。
僕とエマは、ウエストブロードウェイ沿いの「WESTSIDER BOOKS」という古書店で出会った。僕が選んだサリンジャーの初版を見て「それ掘り出し物よ」と、店で声をかけてきたのが彼女だった。
エマは白いブラウスにネイビーのニットを重ね、グレーのパンツというスタイルで、いつも同じ色の服ばかりを着ているような地味なタイプだった。しかし、服に疎いわけではなく、ビンテージのリーバイスにオックスフォードのBDシャツを着て、デッキシューズをあわせるようなアメリカンクラシックを好む僕を見て、「オーセンティックですてきね」と褒めてくれた。
ある日のことだ。僕は家主のピアニストから、アンソニアホテルのサロンで催される演奏会に招待をされた。一人で行くことに気が引けたのでエマを誘った。「もちろん同行するわ!」と喜んで快諾してくれた。
演奏会の日が近づくと心配に思うことがあった。何を着ていったらいいか、ということだ。ジャケットすら持っていなかった僕はエマに相談をした。
「そうね、あなたらしく適度な身だしなみをするといいわ。中途半端なドレスアップは野暮よ。東38丁目にイギリス製の上質なニットを扱っている馬具店があるから一緒に行ってあげる」と言った。エマがいうには、プレスされたシャツよりも、シックなハイゲージのニットのほうが、都会的でエレガンスに見えるらしい。「私も美術館の催しにはニットスタイルよ」と微笑んだ。
この時が「JOHN SMEDLEY」というイギリス製ニットとの出会いだった。
一枚持つならこれ、とエマがすすめてくれたのは、ネイビーのクルーネックニットだった。ネックや袖のリブの作りがしっかりしていて、なめらかなニットの艶に風味があった。
自分にとっての定番服というか、スタイルの基本というものを見つけたきっかけを思い出してみた。
二十代になったばかりの或る夏、僕はニューヨークの西73丁目の古びたアパートに暮らしていた。そこはピアニストの女性から短期借りしたステューディオ(ワンルーム)で、部屋の真ん中には大きなグランドピアノが置かれていた。
道をはさんだアパートの真向かいには、ヤンキースで大活躍したベーブ・ルースや、オペラ歌手のエンリコ・カルーソーが暮らしていたアンソニアホテルがあった。
アンソニアホテルは1904年に建造された18階建ての高級アパートで、ルネッサンス様式の豪奢なエントランスはまるでお城のようだった。毎朝乗りつけられるクラシカルなロールスロイスを部屋の窓から見るのが楽しみだった。
当時、僕にはメトロポリタン美術館で働く、五歳上の女友だちがいた。彼女の名はエマ。イギリス・レスター地方の出身で、ロンドン大学ゴールドスミスを卒業し、ニューヨークにやってきた。
僕とエマは、ウエストブロードウェイ沿いの「WESTSIDER BOOKS」という古書店で出会った。僕が選んだサリンジャーの初版を見て「それ掘り出し物よ」と、店で声をかけてきたのが彼女だった。
エマは白いブラウスにネイビーのニットを重ね、グレーのパンツというスタイルで、いつも同じ色の服ばかりを着ているような地味なタイプだった。しかし、服に疎いわけではなく、ビンテージのリーバイスにオックスフォードのBDシャツを着て、デッキシューズをあわせるようなアメリカンクラシックを好む僕を見て、「オーセンティックですてきね」と褒めてくれた。
ある日のことだ。僕は家主のピアニストから、アンソニアホテルのサロンで催される演奏会に招待をされた。一人で行くことに気が引けたのでエマを誘った。「もちろん同行するわ!」と喜んで快諾してくれた。
演奏会の日が近づくと心配に思うことがあった。何を着ていったらいいか、ということだ。ジャケットすら持っていなかった僕はエマに相談をした。
「そうね、あなたらしく適度な身だしなみをするといいわ。中途半端なドレスアップは野暮よ。東38丁目にイギリス製の上質なニットを扱っている馬具店があるから一緒に行ってあげる」と言った。エマがいうには、プレスされたシャツよりも、シックなハイゲージのニットのほうが、都会的でエレガンスに見えるらしい。「私も美術館の催しにはニットスタイルよ」と微笑んだ。
この時が「JOHN SMEDLEY」というイギリス製ニットとの出会いだった。
一枚持つならこれ、とエマがすすめてくれたのは、ネイビーのクルーネックニットだった。ネックや袖のリブの作りがしっかりしていて、なめらかなニットの艶に風味があった。
インナーにいつものBDシャツを着て、ビンテージのリーバイスに、黒のストレートチップの靴を履くと、「ばっちりね。それだったらどこに行っても失礼にならずに、あなたらしいわ」と言い、「JOHN SMEDLEY」のニットが、フォーマルにもカジュアルにも最適で、いかに万能なウェアなのかを僕に説いた。一枚で着る時は、首元に細く折ったスカーフかバンダナを巻くといいとも教えてくれた。
演奏会の日は、エマも「JOHN SMEDLEY」のネイビーのポロニットを着て現れ、「今日はお揃いね」とウインクした。エマのおかげで落ち着いた気分で演奏会を楽しむことができた。
「クオリティと清潔感があれば、どんなに地味な服でも人に与える印象はいいわ。イギリス服の特徴ね。決して服が目立つのではなく、着る人そのものが魅力的に見える服を選ぶこと」とエマは言った。
服の選び方をどうやって身につけたのか。エマに聞くと「イギリスに暮らす父に教わったの。父が選ぶ色の基本はいつもネイビーだったわ。今日のあなたの着こなしはまさに父と一緒。リーバイスを除いてね」と言って笑った。そんなエマの毎日の着こなしが、「JOHN SMEDLEY」中心だったと、この時わかった。
あれから三十年経った今。クオリティと清潔感というエマの教えを貫いている僕がいる。なぜそんなに「JOHN SMEDLEY」のニットが好きなのかと聞かれることがある。そんな時僕は「着ていると落ち着く」と答えている。控えめながら自分らしくいられることと、落ち着きという心地よさを感じさせる服は、「JOHN SMEDLEY」の他に見当たらない。
しあわせとは、毎日着たい服があること。そんな気分を「JOHN SMEDLEY」は与えてくれている。
インナーにいつものBDシャツを着て、ビンテージのリーバイスに、黒のストレートチップの靴を履くと、「ばっちりね。それだったらどこに行っても失礼にならずに、あなたらしいわ」と言い、「JOHN SMEDLEY」のニットが、フォーマルにもカジュアルにも最適で、いかに万能なウェアなのかを僕に説いた。一枚で着る時は、首元に細く折ったスカーフかバンダナを巻くといいとも教えてくれた。
演奏会の日は、エマも「JOHN SMEDLEY」のネイビーのポロニットを着て現れ、「今日はお揃いね」とウインクした。エマのおかげで落ち着いた気分で演奏会を楽しむことができた。
「クオリティと清潔感があれば、どんなに地味な服でも人に与える印象はいいわ。イギリス服の特徴ね。決して服が目立つのではなく、着る人そのものが魅力的に見える服を選ぶこと」とエマは言った。
服の選び方をどうやって身につけたのか。エマに聞くと「イギリスに暮らす父に教わったの。父が選ぶ色の基本はいつもネイビーだったわ。今日のあなたの着こなしはまさに父と一緒。リーバイスを除いてね」と言って笑った。そんなエマの毎日の着こなしが、「JOHN SMEDLEY」中心だったと、この時わかった。
あれから三十年経った今。クオリティと清潔感というエマの教えを貫いている僕がいる。なぜそんなに「JOHN SMEDLEY」のニットが好きなのかと聞かれることがある。そんな時僕は「着ていると落ち着く」と答えている。控えめながら自分らしくいられることと、落ち着きという心地よさを感じさせる服は、「JOHN SMEDLEY」の他に見当たらない。
しあわせとは、毎日着たい服があること。そんな気分を「JOHN SMEDLEY」は与えてくれている。